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■実録・大阪国際への道    〜2005直前トレーニング編〜

ここには2005年大阪国際の直前トレーニングをまとめてみました。
※ブログ「Hi!な出来事」のカテゴリ「大阪国際女子マラソン」から抜粋したものです。


▲ 1/2 長居で42kmペーラン
▲ 1/7 シューズの洗濯
▲ 1/9 長居で30Kペース走、未公認自己ベスト?
▲ 1/13 この1週間
▲ 1/15 長居で20Kペーラン
▲ 1/16 シューズの選択
▲ 1/22 今週はからだが重かったけど、それはラッキーなのだ
▲ 1/23 長居で10Kペーラン
▲ 1/26 「岸本ガンバレ!」
▲ 1/29 前日受付
▲ 1/31 2時間47分53秒、ありがとうございました
▲ 2/1 強気の一番ピン

■長居で42kmペーラン

佐藤PB更新プロジェクト第1弾!
今日は長居周回走路15周、ちょうどフルマラソンの距離を3時間以内が目標だ。
一人練習ではなく仲間の力を借りようと、掲示板で練習パートナーを「公募」したところ3人のランナーと1人のサポーターが来てくださった。
おシオ師匠、くりりんさん、ブッちゃんと、(写真に写ってないけど)ずかさん。
お正月休みだというのに、ほんとにありがとうございます!

1km4分10秒ペースを目標にスタート。
中盤でペースが自然に上がってしまって「このまま行けるのか?」と不安になる。
しかし、そこでペースを落としてしまえば先日の30kmロードレースの二の舞だ。
この不安に今日は立ち向かうことにした。
先輩ランナーたちが余裕を持ってペースをキープしてくれた。
贅沢なことに給水もサポートしてもらって、ノンストップで走り通すことができた。
おかげさまで目標どおり4分10秒/kmペースを維持することができ、2時間56分32秒で終了。
一人では到底できないトレーニングだった。感謝、感謝。

2005-01-02 21:42
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■シューズの洗濯

年末から何度か雪や雨が降って練習用のシューズがどろどろになったので洗ってみた。
私は基本的に水洗い、シューシャンプーは使わない。
泥やホコリは水洗いで十分流れるんじゃないかな。
問題は干し方だ。
もちろん陰干しだが、新聞紙を丸めて中に詰めると、形も崩れずふっくらと乾く。
面倒だけど途中で新聞紙を取り替えると、速く乾く。
もっと丁寧な人は、古いソックスの中に新聞紙を詰めて、それをシューズの中に入れるそうだが、そこまでしなくても十分きれいに乾く。

ただ、これは日本の新聞紙が上質だから。
前にホノルルで、雨にぬれたシューズをレース前夜にこの方法で乾かしたら、印刷のインクでシューズの中がどす黒くなって泣いた。

ところで今日、冷たい水で泥を流していると、この靴たちが何とも愛おしくなってくるではないか。
そこでひらめいた、今年の大阪国際、私のワンポイント・テーマ。

「ゴールしたらシューズにキッス」

ん〜、もうちょっと違うもの(いきもの?)にキスしたいな?

2005-01-07 23:18

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■長居で30Kペース走、未公認自己ベスト?!

佐藤PB更新プロジェクト、第2弾。
今日は先週よりも少しペースを上げた30km走、1時間58分54秒。
・・・先月の公認記録会より速いやん(笑)。
ブッちゃん先輩がはじめの6kmほど併走してペースを作ってくださり、ずかさんはストップウォッチを片手にタイムチェック(まるで実業団選手の練習のよう)。

実はこの「・・・プロジェクト」の中で今日のメニューが一番怖かった。
しかし、スタート直後の強い向かい風にもかかわらず初めから4分を切るペースで入れたこと、序盤以降は単独走になりながらこのペースをキープできたことで、かなり大きな自信を得た。
これも先輩、仲間のサポートのおかげだ。
今日もありがとうございました。

2005-01-09 22:20
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■この1週間

1/9(日)  長居30kmペーラン1時間59分
1/10(月) 超スロージョグ15km
1/11(火) ジョグ16km
1/12(水) 帰宅ラン19km
1/13(木) ビルドアップ6km+1000インターバル3本(3分40秒)+ジョグ12km
明日14(金)は朝ジョグ20km、夜は伴走10〜15kmの予定。

平日に5kmぐらいのスピード走を入れておかないと週末のハイレベルなペース走がきついんじゃないかと思っていた。
しかし先々週の42km走の後はかなり脚が重くて、次の週末までは疲労をとるのに精一杯。
これでは30km走は無理かと思いきや、6日かかって疲れのとれた脚は予想以上にきちんと走ってくれた。
42km走の後数日間、脚がむくんでいたのも、筋肉が受けた微小なダメージに対する細胞みずからの懸命な修復作業だったのだと思う。
私としてはこの修復作業がスムーズに進むように栄養と休養に気を配ればいいのだと思った。
・・・ってことで、今日インターバルで刺激を入れた以外、今週はゆっくりジョグで過ごした。

ポラール心拍計のトレーニングカレンダーでは右端にその週の集計が表示される。
今週はブルー〜グリーンのラクラクペースがほとんどということがよくわかる。

2005-01-13 23:36
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■長居で20kmペーラン
今日の20キロは1時間18分10秒。
監督ブッちゃん、マネージャーにプレママ直美さん、ランナーはボルダーズ永井さん、神戸のMさん、プレパパ神田さん。
ありがとうございました。
11時過ぎ、ウォームアップを始めると雨が降ってきた。
でもしとしとと降る小雨で気温は8〜9℃、むしろ先週より高く、風もない。
予想に反して走りやすいコンディション、これは日頃の行いが良かったのかと勝手に納得。

はじめの1周はやや動きが硬くて4分近くかかってしまった。
2周目、Mランニングクラブのお二人が5km走を始めた所に一緒になり
ついついつられてペースアップ、予定より早い3分50秒近くのラップにびっくり。
結局そのペースでグイグイと押し切ってしまった。
ラストの5kmはペースが落ちそうになるところを別大ランナーMさんに引っ張って頂いた。

今日は神田さんご夫妻とも久しぶりのうれしい再会。
皆さんありがとうございました。


2005-01-15 15:05
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■シューズの選択
ここ数年フルマラソンにはアシックスのターサージャパンを愛用していた。
足底筋膜炎を患ったときに、スピードレース仕様でありながらインソールを交換できるので大変重宝していた。
今回は脚の筋肉の状態もいい、それでいて体重も重くないので、久々にシューズの軽さを追求。

候補にあげたのはアルティメイト(左)とソーティジャパン(右)。
どちらも軽い(1足何グラムとかお店で聞いたけど、それは忘れた・・・いい加減やな)。

ソーティは完全にフラットなソール。
でも数年前のモデルよりは厚みがあるような気がする。
路面の硬さがもろに脛や太腿にまでバンバン伝わる感じは、以前よりも少ない。
それは履く人の脚の筋肉の状態にも左右されることだけど。

アルティメイトは「知る人ぞ知る」って感じのニッチなモデルらしい。
私も今回初めて購入したが、なかなか気に入った。
格子状で隙間の多い独特なソールは軽さを追求した結果かな。
ソーティよりも着地の感触はずっとソフト。脚に響かない。
ターサーより軽く、ソーティよりソフトと言う感じ。

ただニーズが少ないからか、どちらかというと丸っこくてダサいデザイン、細かいところにターサーやソーティほどの小技が効いてないかな。
私の場合は足の形にうまくフィットしたので、細かいところは目をつぶった。

1月30日午後3時ごろ、長居競技場でキッスするシューズをどちらにするか。
今のところ、アルティメイトがやや優勢。

2005-01-16 23:43
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■今週はからだが重かったけど、それはラッキーなのだ
1/15(土) 長居20kmペーラン1時間18分10秒
1/16(日) スロージョグ15km(その後半日、息子の野球のお茶当番。寒かった)
1/17(月) スロージョグ15km
1/18(火) コントロールラン20km(授業でバドミントン)
1/19(水) 伴走でジョグ、昼12km+夜15km
1/20(木) コントロールラン20km(4分ペースまで)+スロージョグ15km
1/21(金) 通勤ラン18km
1/22(土) ビルドアップ7km+インターバル1000×3(3分50秒)

野球チームのお茶当番があったが風邪ひかずにすんだ。
仕事とはいえバドミントンに興じて捻挫・・・なんてことにもならなかった。ふぅ。
ここまで来ると練習で故障ということはまずないが、ランニング以外のところに落とし穴があったりするから要注意だ。

さらに女性ランナーでは月経周期も練習やレースに影響。
この際だから現実を率直に。
今週、予定通りの月経が来て一安心。
その分からだが重かったのでペースは上がらなかったが
レース本番には軽くなっていると思うとブルーな日にも思わずウフフ、なのだ。

2005-01-22 21:59
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■長居で10kmペーラン
佐藤PB更新プロジェクト・最終回。
長居で10kmのペース走、37分59秒で走り終えた。
パートナーはブッちゃん先輩とボルダーズ永井さん。
危惧していた雨は降らなかったが気温は5〜6度、これまでで一番低い。
しかし、本番と同じ気合で走るためにランパンと半袖シャツ。
戦闘モード・オン、内なるエネルギー全開の私には寒さなど全く感じられなかった。
気合が入りすぎて初めの1kmは3分43秒。
最後はまわりに聞こえてみっともないほど喘いだが、何とか予定の3分50秒以内のペースで走りきれた。

今日はその後さらに12kmほどカーボ抜きのためのジョグ。
5kmや10km程度の短い距離をパパッとトライアルした後のジョグは実によく効く。
ペーランのあとゆっくりゆっくり走り始めたが、30分ほどすると意識も身体もフワフワしてくる。
今まさにグリコーゲンが枯渇しつつあるんだ〜、という実感。
ほんの少しスポーツドリンクを補給してさらに30分。
アップも入れて合計28kmを走り、質も量も満足な今日の練習を終えた。


おかげさまで「佐藤PB更新プロジェクト」無事終了です。
実際に参加して下さった皆さん、掲示板やメールなどで励まし、アドバイス下さった皆さん、本当にありがとうございました。
来週、レースを走るのは私ですが、「ひとりじゃない」という気持ちで走らせて頂きます。
楽しみにしていて下さい。

私自身も今、1月30日が待ち遠しい気持ちでいっぱいです。

2005-01-23 21:19
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■岸本、ガンバレ!
数日前、年配の男性から自宅にお電話を頂いた。
「岸本君の友人だった○○です。今年もマラソンに出るのですか?」
岸本は亡くなった父の姓、もちろん私の旧姓、離婚しても佐藤を名乗っているのは便宜上のことである。

昭和5年生まれの父は終戦時には陸軍幼年学校の生徒だった。
電話の主はその「陸幼」の同級生のKさんであった。
父やKさんらはすんでの所で出陣には至らず、その後成人してそれぞれの人生を歩む中でずっと交流を続けてきたのである。
父も同級会の幹事や会報の編集などをしていたらしい。
六十頃から若いときに患った結核の後遺症が出始め、晩年は車椅子と酸素ボンベの必要な身となって会合への出席もままならかったが、Kさんらはよく父を訪ねて下さった。

スポーツに縁がなく、私のマラソンにもさほど関心を示していなかった父だが、ある時私がマラソンの話題でNHKラジオに出演することになると、何を思ったか陸幼のお友達にそれを触れてまわったのである。
やはりこの年代の方にはNHKに大きな価値があるらしい。
生放送の最中にお便りのファクスを送って下さったり、それが番組中に採用されたりと、Kさんらの間では「マラソンを走る岸本君の娘さん」は俄かに人気者となった。
翌年からは、大阪国際女子マラソンをテレビでしか見られない父に代わって沿道で声援を下さった。
そして一昨年の春、闘病むなしく父がこの世を去った時には最後に棺を担いで送って下さった。

昨年の大阪国際女子マラソン、父はもういないのに、何とKさんらのお顔が沿道に見えた。
長居公園のゴールに帰ってきた時には一際大きな声が心に染みた。
「岸本光子、ガンバレ!」

電話を下さったKさんは私のゼッケン番号を尋ね、今年も大阪城と長居公園で応援するからと仰った。
「どうぞ『岸本!』と声をかけてください、そうすれば必ず気がつきますから」と言うと大変喜ばれたが、
「あんたももう歳なんだから無理したらいかんよ、2時間50分を切ろうなんて考えんでよいからね」と仰った。
う〜む、すっかりマラソン通になっておられる。

70歳を優に超えるKさんたちのためにも、当日が穏やかな天気になることを祈りたい。

2005-01-26 18:43
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■前日受付
この1週間。
1/23(日) 長居で10kmペーラン37分59秒。
1/24(月) スロージョグ15km
1/25(火) ジョグ15km
1/26(水) ジョグ15km
1/27(木) コントロールラン12km
1/28(金) 休養
1/29(土) ウォーキング7km
息子が通う小学校で「感染性胃腸炎」で学級閉鎖になったと聞き、えらいこっちゃと戦々恐々。
と思ってたら自分が木曜の夜から胃痛に襲われ・・・すぐにかかりつけのドクターの所へ行って大事には至らなかった。

今日は千里阪急ホテルで前日受付。
数年前までは全選手そろっての開会式も行なわれていたが、現在は簡素化されてナンバーカードなどを受け取るだけ。
でも選手村を兼ねるホテルには湯村温泉から届いた雪だるまや「足湯」のサービスがあったり、記念品の販売コーナーがあったりでにぎわっていた。
私も「足湯」につかってリラックスしてきた。
近くの商店街で買い物してきたと見える外国招待選手、手に持ったスーパーの袋の中からバドワイザーとハイネケンの缶が覗いていた〜おお、こちらもリラックスしてるやん!

さてさて家に帰っておもむろにスペシャルドリンクの準備。
胃痛のおかげで十分にカーボローディングできなかったから、明日はこれが命綱なのだ!

2005-01-29 18:27
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■2時間47分53秒、ありがとうございました


2005年1月30日大阪国際女子マラソン、おかげさまで2時間47分53秒、目標だったPersonal Bestを更新することができた。
応援してくださったすべての皆さんに心から感謝します。

結論から言うとこのタイム、当日の条件からすれば99点。よくやった。
しかしこの1〜2ヶ月の順調なトレーニングからすると85点だ。
応援してくださった皆さんも「悪くても46分台」と期待されていたと思う。

「当日の条件」・・・それは気象条件ではない。
スタート時には晴れ、気温10.2℃、湿度40%、風速1.9m、絶好のコンディションだった。
悪かったのは自分だ。
3日前の胃炎、何とか危機は脱したものの、当日には下痢(尾篭な話で申し訳ありません)。
スタート直後から腹痛が始まり、10kmでとりあえず1分の貯金を作った時には「今のうちにトイレに行こうか」とさえ思った。
でも今回は1分1秒でも無駄にはできない。
万一どんな状態になっても絶対走り続けようと覚悟を決めた。
結局42kmの間じゅう、頭にあったのは「腹いてぇ〜」ってことだけ。
他の事は全く目に入らず意識に上らず、おかげで42kmがあっという間だったような気もする。
もちろん辛かった。
周期的に襲われるひどい痛みの場面で、坂が登れなかったり集団から遅れたりしたのは、本当に悔しかった。

実はラップタイムもほとんど取れていなくて(グラフには公式記録のラップを嵌め込んだだけです)、自己ベストという目標に対して自分がどの位置にいるのかも全くわかっていなかった。
「あと2キロしっかり走れ!」「47分台行けるよ!」
長居公園に帰ってきてPB更新プロジェクトを一緒に走ってくれた仲間の声でようやく我に返ったのだった。

11月、ウルトラからフルへの移行を図る中で「今年はきちんとトレーニングできそうだ」という気がした。
12月、40km走に取り組み始めた時に「もう一度50分を切れる」という感触を得た。
そして「少々ハッタリかましてでも自分に気合を入れてみよう」とPB更新プロジェクトなんてことを考えついた。
1月、これを実行していく中でハッタリは「必ず自己ベストを更新する」という自信に変わった。
最後の1週間、順調に進んだトレーニングを仲間に感謝しながら、「万一ここからミスをするとすれば一体それはどんなことだろう?」といろいろ想像してみた。
仕事での怪我?交通事故?子供の病気?
結局それは原因のよくわからない胃炎という自らの体調不良だった。
感染症だったのか、食あたりか、精神的なものだったのか。


やはりマラソンは難しかった。
でもおよそ30秒の自己ベスト更新、最低限の成果だけでも残せて本当によかった。
あきらめずに走りきれたのは「一人で走ってるんじゃない」という気持ちだった。
本当に皆さんありがとうございました。

写真はワンポイントテーマの「シューズにキッス」
シューズに関していろいろアドバイス下さったKさんと。

2005-01-31 19:32
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■強気の一番ピン

いつもレースで集団の先頭に立って、向かい風でも上り坂でもわざわざ先頭に立って、まるでボウリングの1番ピンみたいやけど、でも・・・あほやなぁ!と言われている。

大阪国際女子マラソン、走っている最中の私たちはレースがどうなっているのかほとんどわからない。千里阪急ホテルの閉会式で初めて優勝者を知ることも多い。今回も御堂筋ですれ違った大南選手が勝ったとばかり思っていたので驚いた。
閉会式では公式記録集も配布される。これを見てまた驚いた。というより少し落胆。2時間47分53秒で「31位」だ。気象条件の違いはあってもこのタイムは昨年なら22位、ここ5年の記録を見てもまず25位以内は堅いと思っていた。25位以内だと記録集では優勝者と一緒にトップページに収まる・・・ちょっと悔しかった(笑)。
今年は招待選手や実業団選手の脱落が少なかった。過去5年、25位以内に市民ランナーが7〜8名食い込んでいたが今年は5名だった。それにしても私の相対順位は低い。女性市民ランナーのレベルが上がったということを肌で感じたレースだった。

広い範囲での検証を行なったわけではなく自分の周辺での感触を頼りに書くけれど、2000年に2時間48分で走った時は42kmほとんど一人旅で寂しいものだった。02年の大阪で私は初めて女性だけの「キロ4分」の集団を経験して大変驚いた。続く03年、04年は自分自身がもう少し遅い流れでレースを走っていたのでわからないが、今年は明らかに「2時間45分狙い」の集団ができて、またまた驚きながら走っていた。
20kmを1時間18分42秒でほぼ同時に通過したのは8人。40歳代がふたり、30歳代5人、20歳代がひとり。ここまで先頭を引っ張ったのは42歳・最年長の私だった。やっぱり強気の一番ピン。お腹痛かったけど。
この後大阪城にかけて集団はバラけるのだが、8人のうち20代のひとり以外はすべて2時間45〜47分台でゴールした。

何というか、マラソンに競技として本気で取り組んできちんとトレーニングを重ね、年齢的にも安定した、一緒に走っていて頼もしさを感じる集団だった。「国際マラソン出場」というだけでは満足しない、男子でいえば「別大」あたりの空気を感じた。
走る目的やスタイルはいろいろあって、そのあたり自由なのが市民ランナー、ランニング愛好家だと思っている。だからこそ本気で勝負する女性市民ランナーもいていいだろう。
31位に少しガックリしたが、も一度闘うぞ!と感じたレースでもあった。

それにしても1番ピンはそろそろ卒業しなくては。

2005-02-01 17:43

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